こんにちは、ロリスです。
ぱっと目に留まった10月25日の新聞記事。
『平和のための宴』
藤田嗣治の絵に似ている!と目をひいた。
1967年 板谷房(いたやふさ)とある。
駿府博物館50周年特別展で展示されてるんだ。
ということで、行ってみた。
板谷房(1923年~1971年)
福岡県生まれ、一時いまの静岡市清水区で美術を教えていたよう。その時に、静岡新聞社・静岡放送の創設者、大石光之助に出会い、大石氏の後押してフランスに留学。半年分の援助だったようだけど、パリの物価が高く1か月で生活難になり、公園で過ごしたり、草を食べたりかなり苦労したようです。
1956年(昭和31年)サロン・ドートンヌ出品
1959年(昭和34年)ル・サロン
出品を重ねて、フランス政府から芸術院賞も授与されたようです。
私が1番注目したのは、大好きな画家『藤田嗣治』との関係。
検索すると、
藤田と2人展『猫展』開催
藤田嗣治に師事
藤田の下塗りをして生活
とか出てくるんだけど!今回の展示でも、藤田と交流があったと記載されていたから、なんらかの関係はあったんだろう。藤田に関する本は10冊以上読んでいるけど、今までそうしたことは読んだ記憶がなく、思わぬ接点にびっくりしている。
板谷さんがパリに渡ったのが1953年。そのころ藤田もパリにいて67歳だったはず。藤田はすごく面倒見のいい人だと感じているので、この親子ほど(それ以上)歳の離れた日本人画家を応援してあげていたのか?詳しい状況はわからず、ものすごく気になる。
ただ、藤田に関しては、制作現場は人に見せないとの記述もあるし、ものすごく入念に準備する人と感じているので、下塗りを人に任せたのかな?と、その辺もすごく興味あるんだけど、調べる手立てがない(涙)
実際の絵をみて、私は技法とか画材のことはまったく素人でわからないんだけど、絵の印象はまた違った感じだった。藤田の絵よりもカラフルだし、表面が何かでコーテイングされてる?光沢がある。
生き物たちの描写はとっても細やか。バックに金箔を貼ったものあり、この辺は日本的だなぁと感じました。藤田の絵と質感はかなり違うようには感じましたが、油絵とは思えない透明感のある塗り方とかは似てるのかな。モチーフにしている動物とか少女とかからも、やはり影響はうけたのかなぁ。
今回の展示では、板谷さんの作品は8点と、伊藤和生さんという方の模写が2点ある。板谷さんの作品『平和のための宴』一般公開は72年以来と、半世紀ぶりなんだそうで、絵の表面はかなり傷んでいるようにみえた。博物館の方が言うには、下塗りの関係でヒビがはいっているよう。保管状態もよくなく、修復するめども立っていないらしい。
出身地の福岡県立美術館に『春』という1963年の作品があるみたい。七面鳥にニワトリ、猫、春の花々の色鮮やかな作品です。
1953年にパリに渡り、日本で個展を開きながらも終生パリで活動したようです。71年に亡くなっていて、まだ47、8歳だよね!どうして亡くなったかもわからないけど、若くして亡くなったことは確か。
展示には、1968年の静岡松坂屋での個展の新聞記事もあった。大きく紙面をさいて、カラー写真で大々的に紹介されてる!静岡新聞社創設者の後押しした画家だもんね!自分が応援した画家が成功してうれしかったでしょうね。
それにしても、このころの新聞ってこんなに字が小さかったのね(笑)
因みに、1968年はレオナール・フジタ(藤田嗣治)が亡くなった年でもあり、私が生まれた年でもあり感慨深い。歴史を感じるよ(^^;
パリではそれなりに成功したようだし、藤田嗣治とも交流があったらしいのに、まったく知らなかったし、現在は作品もこんなに傷んでしまって、どうしてこんな扱いになってしまったんでしょうね?こういう画家は多いのかもしれないね。ちょっと切ない気持ちにもなった。
どんな人柄でどんな生涯だったのか?
藤田との関係はどうだったのか?
その辺りはまったく分からなくて、謎が残るなぁ。
名品 天・人・地
2121年10月9日~12月12日
美人人物画
同時開催で板谷房、日本画家の児玉希望
(こちらは展示会後期の2022年3月6日まで)
静岡市の駿府博物館で開催中
ではまた('ω')ノ